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氏神・鎮守・産土の神とは?

氏神・鎮守・産土の神とは?
いずれも神社信仰の一形態を示すもので、現在はほぼ同義のものとして信仰されていますが、もともとは違うものでした。先祖代々、一定の地域に住み続けている人の中には、この三つが同じ神社という場合もありますが、たいていの人たちはバラバラで、厳密な意味での氏神を捜しだすことが難しくなっています。

《氏神》 氏というのは、古代の生活単位としての氏族を意味しました。必ずしも血縁者だけで成立していたわけではなく、共通の氏神を先祖として意識する集団でした。すなわち、氏神というのは共通の祖先神(実際には直接の祖霊ではないこともある。祖神として信仰すればよい)を仰ぐ生活共同体の守り神でした。ちなみに、ウヂというコトバは「ウチ」(内部に籠った霊的存在)から発した語で、そこには地・血・霊を共有する意識がありました。なお、南九州にはウチガン(氏神)を祀ったウチガンド(氏神堂)と呼ばれるものがあります。ここで氏神を整理すると、次の四つのパターンに分類できます。
氏の祖先神

たとえば、藤原氏の祖の天児屋根命。忌部氏の祖の天太王命。阿曇連の祖の綿津見神。なお、嵯峨天皇(在位八〇九~八二三)の勅によって古代の諸氏(千百八十二氏)の系譜を集成した古代の姓氏事典である『新撰姓氏録』を見ると、かなりの氏について祖神を特定することが可能です。
直接の祖神ではないものの、氏に由緒ある神。たとえば、藤原氏の鹿島・香取の神。源氏の八幡神。平氏の厳島の神。
産土の神と鎮守が混合したもの。出身地に住み続けている場合など。
氏神・鎮守・産土の神の混合状態。三つの違いがわからなくなり、同義のものとして信仰している場合。現在では、これが最も多い。

《鎮守》
一定の地域を守護する神を祀る社で、一国の場合は諸国一の宮があてられます。その他、王城・城内・寺院などの鎮守神もあります。一般には、ある地域に住む人民を守護する神と考えられています。

《産土》 祖先あるいは自分の出身地にたいして、特別の思い入れとか出自意識をもって、その土地の神様が自分の運命を左右しているものとして信仰する神。ウブスナの語源については多くの国学者・神道家・言語学者が論じてきたが、民俗学の視点からみると、妊婦が産小屋で立ち産をしたとき、赤ちゃんに付着した砂という説が興味深い。ちなみに、その産小屋は掘建て小屋風の天地根元の造り(伊勢神宮もこの形式)をしており、出産後はその場所に御幣を立て、赤ん坊に付いた砂はウブスナサマとしてお守りにする、という風習のある地方があります。
なお、神社によっては、境内の浄地の砂を〝お守り〟の御神体として用いているところもあります。

氏神・鎮守・産土の区別がつかなくなったのは、古代国家の衰退にともない、中世以降、氏神が異姓の人にたいしても門戸を開放したからです。つまり、その鎮座する土地の住民の協力を必要としたからです。とくに、源氏が八幡神を氏神として以来、その傾向に拍車がかかりました。
しかも、わが国の祖霊信仰によれば、その土地で亡くなった人の霊魂は浄化されてゆく過程で、そこの土地神に吸収されていく。だから、何代もその土地に住みつづけていくと、氏神・鎮守・産土神は次第に合一化していきます。その傾向が江戸中期以降、さらに強まり、これら三つの区別がほとんどつかなくなりました。そして、村落共同体が崩壊した今日、言葉の正しい意味での、これら三つの区別はほとんど解体されたといえます。

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